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ブログを書く意味
追記のようなものです。

前記事を書いた後で、何でブログを書くのだろうかと思ってしまった。
私の場合は単純である。
最初はダメ写をある人に見て貰いたかっただけの話であるが、少しずつ違って来ているような気がする。
それはコメントを下さる皆さんからの刺激かも知れないし、自己主張の捌け口へと変貌したのかも知れない。
現に写真を評価して下さった読み手さんなら、このショット気に入ってくれるかなと思いながらシャッターを切る事はしばしばであるし、自己主張の部分では吼えまくってますからこれも紛れも無い事実。
吼えたり、泣いたり、笑ったり、、、しなくても良いんだけど、何でそれに順番付ける必要があるの?
申し込む時ライブドアとどっちにしようか散々迷ったけど、これで良かったのだろうか?
大家さんがアホな事すると店子が踊らされるって言う典型のような気がしてならない。
なので思いっきりNiftyに冷や水ぶっ掛けてやりたくなりました。

放っとけよNifty、基本的には日記だろ? おだつな!(by仙台弁)
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誰が為に
1637あるブロガーさんが落胆されている。

この方が居なければ私もブロガーになっていなかったし、再び写真を始める事もなかった筈である。
小馬鹿にもされたが、それ以上に励まして戴いた。
言い過ぎであるが恩人である。
私はこの方の気骨溢れる所が好きで、毎日読みに行かせて戴いていた。
何を信じて良いか判らないような世の中であるし、私自身が自信を失っていた時でもあったので、これは違う、あれは駄目、何故ならという話にはとても惹かれた。
出来れば続けて戴きたいとは思うのであるが、あれほどの才能であるから、別の何かに使って頂いた方がご本人にも良い結実が有るのではないかと思ってしまう。
只々応援するのみである。

しかし無理も無いと思う。
ココログコンテストは完全な「出来レース」であると、私も思う。
人気ブロガーさん達をひたすら走らせ盛り上げさせ、新年会と称して人気ブロガーさんの顔を見てやろうとする人達の興味を惹きつけ、有名作家を招き体裁を整える。
TVなら「やらせ」と叩かれてもおかしくない、チャンチャラおかしな子供じみた手口である。
もし私が主催側の人間だったら、14人のブロガーさん達にはマスカレードで出席をお願いしたと思う。
その代わりギャラと交通費は払わせて戴くという条件で。

ネット社会はHNが使えるから面白いのであって、実像を公開してしまっては熱も一気に冷めるというものである。
アイドルが私生活を極力晒さないのと同じように、ネット上の有名人も実像を晒せば、ただのオジサン、オバサンに評価は下がってしまう筈である。
もしその辺りを主催者側が何ら気が付いていないとすれば、とんだネット呆けであろう。
TVに既出の作家さんのブログは私も毎日読みに行くが、彼らには作家として以外にタレント性が有って務まっているのであるから、ド素人にそれを真似しろというのは全く無茶な話であろう。

全く誰が為にである。

1635早く元気出して下さいね。
今までで一番と思える写真プレゼントしますから。
私自身はブログを始めて、随分と変われたような気がしてます。
まず物事を良く考えるようになったし、写真を再び始めた事で新たな目標が生まれたし、昔の事をよく思い出すようになって、判断に迷った時など過去の自分に聞いてみる事もするようになりました。
来る者拒まずで走ってきた20年(仕事の上で、、誰、40だろって突っ込んでんの)ですが、若かった時の想い、メセニーやジョーサンプルが好きだった事、理想の女性像は亜蘭知子さんやジュリアフォーダムであった事、幾ら可愛くてもアホな女は駄目だって事、等々、思い出しました。(後半は聞き流して、、)
本当に感謝しています。 ありがとうございます。

もう一つ、誰が為にの話。
私はとあるNPOへの協力を打ち切った。
NPOについての私の考え方は過去ログをご覧戴きたい。
私が関わっていたNPOは公共性に乏しい。
そもそもボランティア集団の最終形体がNPO法人であって、それは常に地域と密着しているものであるが、その組織にはそれがない。
つまりこれまで私がして来た事で誰にメリットが有ったかというと、甚だ疑問である。
メールでこれやって、あれやっての繰り返しであったから、自分自身が疲れてしまったのだろうと思うが、白飯営業、ラーメン屋でのライス無料みたいなスタンス、つまり細かい事はタダというスタンスは止める事にした。
勿論白飯の単品販売もしない。
大体ウィンカー上げたからって理由で、即割り込んで良いわけじゃ無いでしょ、と言いたい。
こちらのやるかやらないかの判断も待たず、オファーもせずに丸投げして来るんじゃ、人としての資質すら疑われるって事、判ってる?只のネット呆け?

タダでという事で関係者を甘やかしてきたに過ぎなかったのかも知れない。
結果、出来ない奴らを作ってしまったのは私の責任とも言える。
元妻は出来ない人間の典型であったから、代りに私が何でもやってきた。
しかし、結果的には本人の自信を削ぎ精神的に追い詰めてしまったので、この点は非常にナーバスになっている。
既得権を主張し、「これからどうすれば良いの」という話にもなるだろうが、自分で考えなさい、大人なんだから。
それにもう一つ、ボランティアはタダではなく社会貢献、NPOは有志の集まりである事を忘れないで戴きたい。

やはり尻切れ(泣)

習慣と悪癖と性格と
1625コーヒーやめました。

毎朝欠かすこと無かった、25年続いた習慣はあっさりと消えてしまった。

理由は2つある。
1つには毎朝豆を挽いて煎れるのが面倒になり、そうなると粉を買ってくるのだが、それでは味は格段に落ちてしまう。
ならば不味いと感じるものをわざわざ呑む必要もないだろうと思ったのだ。
四半世紀続いた習慣であっても、合理的でなければ簡単に止めてしまう男である。

もう1つはいつもお世話になっている取引先の社長に心疾患が見付かった事である。
既に禁煙はしたそうであるが話を聞いてみると、冠動脈血管に部分狭窄が数箇所あるように思えた。
医者からはステント(*1)を勧められているそうであるが、私は猛反対した。
私は医者ではないが、かつては循環器分野で食っていた人間であるから、その後どうなるかはよく知っている。
今はもっと進化していると期待するが、ステントを行った症例のうち、多くは大体7年から10年早ければ5年で血管が駄目になる。
そうなると再手術であるが同じ方法は使えないので、今度はバイパス(*2)を行う事になる。

本当はお付き合いで禁煙すれば良いのだけど今の私にはとても無理だし、奥さんや彼女であれば別だが、そういう仲ではないのでコーヒーを絶つ事にしたのである。
余り知られていないが、コーヒーも心臓に負担を掛ける。
正確にいえば血管の収縮が起き、結果心臓に負担が掛かるのであるが、これは人体実験で実証済みである。
心肥大で1ヶ月程入院し退院した父親が、お見舞いの挨拶回りの先で出されたコーヒーを飲み、深夜に動悸が起きて救急車で運ばれたのだが、まったく馬鹿な事をしてくれる。
また父親は一言で言えば「胆の小さな男」で、会社や親戚の事など、私にはどうでも良さそうに思える事を始終文句たれてたし、奥さん、つまり私の母親にも先立たれた直後でもあったので、それも良くなかった。
所謂心労というものを引き起こしたのであるが、これは性格であるから仕方ないのかも知れない。

かく言う私もストレスを感じやすい性格である。
徹夜も多く大酒呑みでもある上タバコまで喫っているので、危険因子は十分揃っている。
だが不思議な事に撮影で歩き回っている1~2時間は、タバコなど喫いたいとは思わないし、呑んでいるより運転している方が好きである。
会議室に灰皿が無い事が常識化して慣れたからでもない。
話を最後まで聞く力の無いタコ野郎が相手だった時は、無理矢理灰皿を持って来させた。

が、タバコは絶対良くない。
一時的にはリラックス出来るかも知れないが、その習慣性から必要の無い時まで喫ってしまうようになる。
この習慣性、実はコーヒーにも有ると言われてますので、身に憶えが有る方もいらっしゃるのではないでしょうか。
脱線しました。
この一時的というのが結構曲者で、ニコチンの作用が消えないよう絶えず補給しようと喫い続ける事になり、まさしく中毒症状となるのだが、次はもっと強い刺激を欲しがるようになってしまう点では麻薬と同じと言える。
変な話だが私はタバコと聞くと何故かヒロポンを思い出す。
戦時中広まった麻薬(向精神薬)で戦後暫くして使用が禁じられたと聞くが、そもそも特攻隊員の恐怖心を消す為に軍が調達したのが始まりだと聞く。
勿論麻薬であるから中枢神経が駄目になったり、勃起不全を起こしたりしたそうだ(戦時中であるから女性には不要)
1980年頃、またもや25年前であるが、米国で健康ブームが叫ばれ始め、タバコバッシングが始まったと記憶する。
時を同じくして「徹子の部屋」に出演されていた「太陽に吠えろ」の長さんこと、故下川辰平さんがヒロポン漬けになってた時期の話をされていて、「ああ、そのうちタバコもヒロポンのように言われるんだろうな」と思ってしまったのだった。
何故かこういう直感は当たってしまうんですが、数年前から更に喫煙者には風当たりの強い時代となってます。
タバコは三代成人病の危険因子ナンバーワンと言われてますが、この際健康保険料を変額制にしたら如何でしょう。
最近は唾液で喫煙者か否かのチェックが出来るようになりましたから、更新時にこの結果を提出すれば良いわけで、役人は頭使わなくて良いので何ら負担は発生しません。
そもそも喫煙者と非喫煙者が同じ掛け率の健康保険料を払うという事は不公平そのものだと思います。
そうすれば確実に喫煙率は下がります。
もう一つ言わせて戴けば、私のように何年も病院に行っていない者にとって、毎週のように通ってらっしゃる方と一緒の掛け率というのも納得行かないんですが、何とかなりませんか。
米国の様にHMOのような制度に改めるべき時期ではないんですかね。
そうじゃないと病名や治療状況、レセプトの細かな審査は出来ないし、年金制度同様崩れてしまいそうだし、何と言っても合理的ではありません。

HMOについては今度書きます、、と言いながら続編を未だ書いた事がない(猛省)
やはり今日もまとまりませんでした、ゴメンなさい。

*1:カテーテルにてバルーン(血管拡張)を行った後、貴金属のメッシュを狭窄部にセットするもの。
   血液の流れの妨げないよう、傷んだトンネルの内壁を補強するイメージ。
*2:血液の流れなくなった部位を文字通りバイパスする。
   使われる血管は大腿部などから採取する。
これを書かずには眠れない
1609パットメセニー及びライルメイズファンの皆様、今日「The Way Up」(新譜)は目出度くリリースされました!
一昨日タ○ーレコードに行って、「チョッと伸びました」と言われた時の落胆を取り戻すかのように、ウキウキと信号待ちの間にCDをセットすると、、ありゃ?何だか違う、、間違えて買ったかいな?と思うと確かに「The Way Up」。
しかし4曲しか入っていない?って、どういう事? コストパフォーマンス、メチャメチャ低いやんか!(怒)
しかも曲名が、1.オープニング 2.パートワン 3.パート2 4.パート3 ですよ(爆笑)

毎回期待を裏切ってくれるメセニーの新譜は新鮮そのもの、、(何とか評価したい、、苦笑)
何せ耳に馴染むまで、毎日聴いても2週間は掛かるから、前作を忘れる事が大変なんですけど、毎回。
でも予想通りだったら25年も聴いてませんって(笑) きっとそこが魅力なんでしょうね。 私の友人知人関係で型通りの人は少ないですから。

脇道に逸れました。
この新譜、パットメセニーグループのカラーでもなく、時折リリースしていたクァルテットのカラーでもなく、路線としてはジャズ寄りなんですけど、パットメセニーとライルメイズとで、やりたい事やりたい放題、、というのは違うかな、多分「歳を重ねた二人がコンセプトアルバムをリリースした」と言うべきものだと思います。
かつて太古の時代には、「ウィチタ・フォールズ」(原題:As Falls Wichita, So Falls Wichita Falls)をリリースしてますが、今回とは曲調が全く違います。
創作的な音作りが主であった「ウィチタ・フォールズ」に比べて、何か回帰したような落ち着きを感じます。
パットメセニーとライルメイズファンの皆さん、是非聴いて下さいませ。
出来れば「ウィチタ・フォールズ」と聴き比べて下さい。 何となく同じような匂いがするはずです。

関係有りませんが「ウィチタ・フォールズ」のCDかLP、お持ちの方はジャケットをもう一度みて下さい。
色が微妙に変でしょ?
これは映画でのテクニックで、日本では「銀残し」と呼ばれてます。
パットメセニーのブルーのサマーセーターや、手すりの黄色だけがくすんで発色していて、他は殆ど白黒の世界です。
時を同じくして、当時活躍されていた「良い妻、悪い妻、普通の妻」の中原理恵さんが主演した映画にも、この手法が取り入れられてました(トレビ的ネタ;汗)
印象派的技巧なんでしょうね、きっと。

1450と言う事で、今日は印象派的絵に、、(単にダメ写ですが;大汗)
カンザス州ウィチタでパットメセニーとライルメイズは知り合ったそうです。それで「As Falls Wichita, So Falls Wichita Falls」としたとか。



更なる知られざる自爆的事実をば、、
パットメセニーと別れた元妻は同じ誕生日でした。
それで結婚を決めてしまった私って、、単純、、、、、いや馬鹿です(大爆笑!)
皆さんゴメンなさい
リンクを張って下さった皆さん、ゴメンなさい

実は苦慮してます。
リンクリスト、反映出来ません(泣)
ハーボットも動いてくれません。
立場上聞けないし、、毎日どうしようと悩んでましたが、取り急ぎお詫びです。
近日中に整備します、絶対、プロの名に誓って!

出来なかったら再度ゴメンなさいです。弱気でどうする。

P.S.仕事関係者の方、プロと言われていても判らない物は判らんのです。
  単に勉強不足ですけど(自虐)
どうにも納得できない事特集1
これはどうも私のキャラではないのでしょうけど、削除予定って事で書きます。

平成5年頃から約7年、西新宿の新宿中央公園近くに住んでいました。
生活圏としては公園は勿論、強制退去が大きな騒ぎになった地下道も、西口の券売機前も、全て徒歩圏でしたので、彼等の生活ぶりはつぶさに見てきたような気がします。
券売機にガムをくっ付けつり銭を盗む奴。コンビニでいきなり商品を喰い始める奴。商店前に陳列してある特売の生活用品を平気で盗む奴など、当時から撮影をしていれば、ドキュメンタリー作品にもなったと思う位の場面を見て来ました。
ちなみに列記した手口は教え役という奴が入れ知恵しているそうです。
例えばコンビニでの窃盗や無銭飲食などは、刑務所暮らしの方が食事の面で楽であるからという理由で犯行に及ぶそうです。
また、生活用品をガメられ続けた大家さんは商品を絶対地べたに置きませんでした。
例え陳列中でダンボールから取り出す前であってもです。
私も引越し荷物を盗まれ交番に行ったのですが、警官の説明によれば地べたに置けば拾得物扱いになるそうで、何処で目が光っているか判らず、うかつに荷物を下に置こうモンなら大変な目に遭うという事です。
笑った話を一つ。
引越し時に粗大ゴミ回収を区に頼んだのですが、約束の時間を過ぎても私のゴミは放置されたままで、慌てて区に電話して苦情を言うと「届けのあったゴミと組み合わせが違う」というのです。
(中断、どうも肩が凝りますので、ですます調は止めて以下は吼えます)
話が違うじゃないかというと、そういう決まりだからと。
じゃあ、残ったものを直ぐ取りにきてくれというと、それはOKとの事。
で、空かさず一体誰があんなゴミ持って行くモンなのか聞いてみたら、ボソっと「新宿ってそういう街ですから」ですと。
呆れるは、行政はHLに遠慮してるは、大人しい区民からは高額の税金取り上げるは、HLを追い出した地下道には「座れない椅子」作るは、まるで猿の脳に等しい。
強制撤去が有って2~3日後、公園内にブルーテントがポツポツと増え始めた。
すると益々もって危機管理が大事になるのだが、大家さんもピリピリしていた。
それでも何処ぞの宗教団体は「神の施し」として夕食を施し、それは入れ替わり立ち代りで、区の配給も入れたら週3回以上はあったろう。
何せ私も、今日は配給の日だから並ばなきゃ、ちゃいます、道変えなきゃと思ってた位なので、つまり近隣のHLが集まって来るって事で、場合によっちゃ区の就職斡旋セミナーなんかをメガホンでやっていて、夜10時過ぎでも騒がしかった。

おまえら、働けよ、ホント頼むから。
このままの生活続く訳無いだろ、自立しろよ。
国だってあなた方を必要としてるんだよ、正確に言えば納税だけど!
最初は生活保護に頼っても良いから、大人として生きて行って下さいよ、ホントに。
今食い物が有ればそれで良いですか?明日はどうしますか?自販でカップ酒買う金だけは持ってんだよな、どういう訳か。

行政の対応、甘い!生活保護審査、安易過ぎ。
疾病や障害が有って働けない場合は別として、そうでない生活保護申請は別にすべきです。二段階にすべきです。
例え最初は生活費100%支給でも構わないけど、働く意志を示さないのなら、段階的減額、いや最初から時限的保護ですって言っといた方が良いだろうね。
給料が月1万円でも良いじゃない、最初は。
人間って欲の動物だから、1万円を2万円にも10万円にもしたいと思うでしょ?
欲を出して下さい、是非、自立して下さい。
行政はそういう人達を助けてあげて下さい、というか前例を作って貰えませんかね?是非とも。

そういう条件でも家賃払うのが嫌ですか?税金払うのが嫌ですか?健康保険料払うのが嫌ですか?
嫌でも大多数の国民は、獅子政党に文句たれながらも払ってますよ、健気に。
それと嘘の申請だけは絶対やめて下さいね、税金増えて国債増えて滅びるだけなんで。
私は娘にこの社会で生きて行けなんて、口が裂けても言えません。冗談じゃない。

それと行政は民生委員、もっと鍛えるべきだな、キット。
何せ私の叔母もやってるんで、相当大甘なんだろうけど。

一体誰に吼えたかったのか。彼らに届く訳も無いんですが。
福岡出張♪
1008今日、突然福岡出張が決まりました~♪
コースは東北道~東名道~名神道~中国道~九州道(爆)
JHによれば、片道約1,450Km、往復2,900Km(汗)
昨今爆走ブームなんで記録更新しちゃえ!!、なんて思ったんですが、、、潔くJALのページで予約しました。
7日前割引ギリギリセーフで、しかも羽田発より安いではないですか!?
しかもクレジットカードによるチケットレス予約だと更に割り引かれ、激安チケットショップより安くなります。
何と便利な世の中になったのか、、いや知らなかった、使ってなかっただけですけど、チケットを事前に取りに行かなくて済む快適さと言ったら、もはや快感ですね。

それでですね(早くも博多モード)、まず長浜ラーメンは外せません。
高菜ドサッと入れて、替え玉の時は紅生姜で、っと!
現地で食べるそれは、じゃん○らや一○堂のそれとは明らかに違っていて、、あぁ~何年ぶりの味だろうかぁ。
夜は焼き鳥屋さんで、鳥以外のもの(一応義理立て)とキャベツと伊佐美で、、でも鳥皮は捨てがたいな、、つくねも食べたいな本当は、そうか、供養のつもりで食べても良いんだよね、キット(どんな供養だ)
D70持って行こうかな?写真載せなくちゃいけないし。
出張っていったって挨拶だけだし、ネクタイ締めてるだけで身も心も遊びモードだし、この4~5ヶ月忙し過ぎて交際接待費余ってるし、2泊にすれば良かったかなぁ。

こんなんで良いんでしょうか?
アホエンオイルの作り方
1411ピントが甘いんですが、印象派的な絵が撮れました。
それと、せっかく振り返ってくれたんで載せちゃいます。
 
 
 
 
ネタが無い訳ではないのですが、今、とても頭を悩ましている件がありまして、明日まで文書を作ろうと思ってまして、別に作らなくても良いのでしょうけど「吼えるべき時は吼えないと」という思いから、、、悩んでます。
そうです、昨年末の決着を付けなくてはいけないのです。
サッサと逃げてしまえば良いのでしょうけど、先方担当者の事を思うとそうもいきませんので、、、悩んでます。
どう書けば良いのか、果たして理解して貰えるか。

という訳で、全く違った題材にさせて頂きます。
丁度受験シーズンだし、おまじない程度には効果が有るかも知れませんし。
効能は記憶力向上だそうです。

♪アホエンオイルの作り方♪
1.材料
  エクストラバージン・オリーブオイル 100g
  生ニンニク 2かけ
2.作り方
  出来るだけ細かくニンニクをみじん切りにします。
  オリーブオイルを湯煎します。
    鍋でお湯を沸かし、ビーカー状の耐熱容器かミルクパンのような
    小さな鍋をお湯に浮かべ、オリーブオイルを注ぎ、一煮立ちしたら
    (オイルが温まったら)火を止め、みじん切りにしたニンニクを投入
    します。
    冷めるのを待ってニンニクを濾し取ります。

たったコレだけで記憶力向上♪、らしいです。
ちなみにニンニクの名産地、青森県だって皆さん知ってました?、、よね(汗)

ジョニ・ミッチェルと性格形成期

1354

1350

1317

1314


書く前から何だかまとまりが付かなくなる気がしますが、書いちゃいます。

語調変えます。私も断定型と言われてますので。
ア○ヒの某記者とは一緒にされたくないので、、吼える時は別ですが。
(N○Kの件でのア○ヒの記事にも、ですます調が有りましたけど;爆笑)

私には以前の記事のタヌキ社長の他にも30年来の付き合いになろうとしている友人がいます。
一昨年のこと、私が仙台に追いやられて10年ぶりに会う事になりました。
彼等とは「スタンド・バイ・ミー」のような悪ガキ時代を過ごした仲です。

迎えに来て貰って悪友の車に乗り込むと、何やら懐かしい音が、、ジョニ・ミッチェルです。
これって確か盛りが付いた頃(失礼)、コレが良いアレが良いって競って聞いてたミュージシャンだよね。
あぁそうか、そう言えば服装も昔のイメージだよね、、成長してないよな、お互い(爆)
でも「オールドウェーブ」との言葉(知ってる方居ます?)まで発した君、社内で浮いてないか?

私が二十歳前後の頃、松任谷正隆氏のFMを楽しみに過ごしていた時期がありました。
相方のパーソナリティーは鷲尾いさ子さん。
当時は凄っくファンでしたが、今ではすっかり奥様稼業に専念されているようで、、脇道に反れました。
松任谷さんが放送で仰った言葉を今でも憶えてます。
一つはオナラですけど、、これは今関係ないです。
もう一つは渋滞に嵌った愛車のポルシェ内で、○▽×をしてしまい、譜面で拭いた、、これもネタが枯渇した時に。
本論、「15~6歳の頃に聴いた音楽は生涯聞き続けるし、着る物もその頃のままだよね」という言葉を、印象深く憶えてます。
当時は若かったので、「へっ?そうなの」てなもんでしたが、この歳になると「あぁそうなのか」と、感慨深げに思い起こしてしまいます。
確かに私の場合も、服装も髪型もそうだし聴く音楽もジュリア・フォーダムだの、メセニーやらジョー・サンプルやらですから、正にそのものなんですが、、でもこれって男性観ですよね。
女性の方ならこうは出来ないのだと思いますけど、どうです?

この頃って第二次反抗期ですから、親から教えられた価値観に疑問を持ち、それらを組替え自分の価値観を再構築するらしいので、一生を左右する位の大事な時期なんだったと、過ぎてから気が付きます。
昨今のニュースでは少年少女の事件が起きる度、「反抗期もなくて良い子だったのに」なんて言葉をよく耳にしますけど、そう言ってる親にとって都合がいいように「いい子」の強要ばかりされて来たようにしか受け取れないんです。
時代背景も勿論有るとは思いますが、昨今の残虐な事件には目と耳を覆うばかりですけど、大人としてちゃんと聞かなくては、受け止めなくてはいけないように思っています。

すみません、やはりまとまりませんでした<(__)>
続編はまた今度書きます。
も~すぐは~るですねぇ?歳バレバレ
1290今日、テレコンバータなるものを買いました。
この絵は早々にそれで撮ったものです。
300mmのズームに付けると600mmに化けるのですが、
どうも解像度が低いような気がします。

1223ちなみにこんな絵も撮れました。
何でも喰うんだな、この子達は、、逞しき鳥さん達。
と言うか、何も知らないのが人間なんでしょうか。


ネット、今日トラブりまして、半日通信が出来ない状態でした。
原因はプロバイダーの「無理ネット」だったのですが、仕事も出来ず仕方なく1時間ばかり撮影に行ったのですけど、、結果良かったとのツッコミは厳しいのでw
今やインターネットはライフラインであると、思いっきり吼えようかと思ったのですが、苦情を言い続けて疲れましたので、また今度にします。

仕事関係の人達、観ていたら大目に見てくださいまし。
心打たれた
アサヒカメラ2月号、平間至さんの「愛しき日々」

私にも娘がいる。
残念な事に今は一緒に暮らしていない。
写真すら殆ど残っていない。
プリントもネガも、全て知らぬ間に持ち出されていた。
手元に有るのはビデオとデジカメ映像のみである。
平間さんの写真を観ていて、「ああ、娘にもこういう時があった」と、ついつい感慨深くなってしまう。

娘と一緒であったなら、決して鳥など撮っていなかったと思う。
まさしくパパラッチしていたはずである。
いま娘がどうしているのかは、よく判らない。
弁護士さんに4ヶ月間折衝してもらって、昨年末にようやく写真が送られてきただけで、近況については一切知らされていない。
写真では可愛く、楽しそうに微笑んでいるが、話すら出来ないから本当のところはわからない。

昨今の心無い親の事件には何度か吼えてきたが、子供が子供である期間は極ごくわずかであろう。
親の成長に比べ、子供の成長は驚くべきスピードで、ついて行くのがやっとなのだろうと思う。

どうか子供は自分とは別人格であるであるという事、判ってあげて欲しい。
尊い命である事も、まだまだ心に傷を受け易い事も判ってあげて欲しい。
私はそんな事を祈っている。
娘の事も含めて。
行かないで~!(号泣)
1199気高きそのお姿。
あなたはもしや、、
なぜ、こんなところに。
余程お腹が空いてたんですか?
 
どうしても白鷺さんに逢いたくなり、今日ある遊水地へ行ってきました。
目的地を探してウロウロしていると、車の音で驚いたのか目の前で威風堂々と舞い立つお姿が...絶句
着地点を見届け、そろそろと車で追いかけエンジンを切り、静かにドアを開き、その気高きお姿を撮らせて戴こうとしたとき、ガチャガチャと何だかうるさい。
車を停めたすぐ傍に馬鹿犬約1匹発見。
今時鎖で繋がれたバカタレは鎖をトタン塀にガチガチぶつけている。
その音に驚かれたのか、再び舞い立たれてしまいました(泣)
これは車から下りる間も無く、奇跡的に収めた1枚です。

あぁ~興奮しました。
それにしても美しいお姿でした。

これで完全にネコ派になりました(怒)
撮影紀行 Jan.22.2005
カモメの体は美しく、ヤモメの体は忙しく。 あぁ麗しの白鷺は何処へ、、
(一枚追加しました)


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癒しの音
仕事も一段落したし(自己判断;汗)、二日もおサボリしたのでまた書いちゃいます。
どうぞお付き合い下さいませ。

私の一番好きな音は、ジョーサンプルのピアノでも、メセニーのギターでも、サンボーンのアルトでもなく、一番好きな音はヴォイスなんです。
普通はヴォーカルって書くんですが、歌詞の無い歌、、スキャットは一応あれは歌詞なんで置いといて、パーカッション的に声を楽器として使う事があります。
例えば、一時パットメセニーグループに参加していたブラジルのナナ・バスコンセロスがそうなんですが、彼の楽器はヴォイスとストリングバウの2つ。
ストリングバウというのは、いかにもそこいらに落っこちている木の枝に椰子の実をくりぬいた共鳴箱をくっ付け、木の枝にピアノ線を弓状に張っただけのものです。
これを仏壇の鐘を叩くようなスティックで叩くのですが、音的にはビヨ~ンという音色で、ピアノ線に文鎮みたいな金属を当てる事で音程を変えるのです。
イメージ的にはお笑い芸人さんの、バケツとモップに紐を繋いだベースに近いかも知れないといったら、双方に失礼なのですが、生で観て聞いていると「ああ、これ以上のものは要らない」という気分になってしまいます。
ちなみにナナ・バスコンセロスの演奏を聞くには..
パットメセニーグループ「トラベルズ」、ナナ・バスコンセロス「ブッシュダンス」「レインダンス」(何も考えてなさそ~;爆笑)がお奨めです。
テーマが逸れてしまいますが、アフリカの楽器でカリンバ(だったかな;汗)も良い音がしますよ。
ダイエット用の弁当箱位の大きさの木の箱に、車のシートに使われているスプリングを叩いて真っ直ぐにしてくっ付けただけのものですが、何処までも響いて行きそうな乾いた音色には病み付きになってしまいます。
私は世田谷のボロ市で買いましたが、丁度今頃がシーズンでは?
ご興味を抱かれた方、¥3,000-位のモンですから是非お試しください。

だいぶ横道に逸れてしまいました(反省)
私が今一番好きなヴォイス、ジュリア・フォーダム( Julia Fordham )について書きます。
バブル崩壊に喘ぐ1998年、浅野・柳葉ドラマで挿入歌として使われたので、ご存知の方も多いと思いますが「ハッピーエバーアフター」という曲がヒットしました。
この曲はジュリアフォーダムのデビュー作「ときめきの光の中で」の1曲目に収録された曲で、透明感溢れるボーカルスタイルにご興味を持たれた方も多いかと思います。
歌詞の内容としては南アフリカの内戦を取り上げたものなので、、ちなみに一部をご紹介しますと。
ノン・プロフィットとプロフィットとボランティア
ウチのオーナーはかなりの変わり者である。

かれこれ知り合って13年にもなろうか。
当時の彼の仕事は大企業の部長職で、そのまま会社に残留していれば役員にさせられたそうであるが、それを放り出してあっさりと退職してしまった。
それで今はNPO法人の代表を務めているのであるから、変わり者を通り越して変人である。

平成10年3月、NPO法が可決された。
この時クローズアップされたのが阪神淡路大震災被災地へ向かったボランティアの人々の姿である。
彼らの自発的な活動が法案成立を陰で後押しした事は言うまでも無い。

NPO法可決以前の市民活動団体は、いわゆる草の根運動的な所に端を発し、同じ問題意識を持った有志が集まって活動を展開していたものである。
しかしその規模が大きくなれば、当然組織化の必要性が出てくるし、会合を開くにも大きな施設を借りる必要が出てくる。
人が集まれば当然カネが掛かるが、手弁当にも限界がある。
枯れ木も山の賑わいなのか、私も半ば強制的に会合に出席させられていた。
パネラーは圧倒的に関西の方が多かったが、これは問題意識の差なのであろうか。
当時の「市民活動」の状況というのは切羽詰ったものがあった。
独居老人のための給食サービスをしているというパネラーが盛んに訴えていた。
資金不足と作業場確保の問題は特に深刻で、目の前に転がっている問題から目を反らす事も出来ず、自腹を切って活動を続けているというのが、何処の団体にも共通する状況であった。

NPO法はこれらの市民活動団体の社会的認知度を高め、活動のための資金調達や事務所の確保をし易くするために法人格を与えるというものである。
当時はその活動実績と公益性が法人認可の重点項目とされていたが、可決から7年を経ようとしている最近ではどうも、、書類を調え2ヶ月の縦覧期間を経れば、、という所も、確かに、ある。

当時色々と調べた中に、米国にはタイムダラーという制度があった。
近年日本でも西日本を中心に、このタイムダラーを地域の互助制度として運営しているNPO法人が増えてきている。
自分が社会参加した時間を貯める事ができ、将来自分が困った時に堂々と誰かに助けて貰えるという制度である。
この堂々とという所がポイントであって、他人様に迷惑を掛けてはならないという古来の躾も有ったから、高齢者ほど「世話になる」という事に対して、抵抗感が強い傾向があるようだ。
しかし大家族制度が崩壊し、追い討ちを掛けるように少子化が進み、高齢者を観る目が益々減っていく中でのもう一つの選択肢が独居死となると深刻な問題である。
逆にカネを払ってとなると我侭放題だったりしますからw、プライドを曲げずに堂々と世話になれるタイムダラー制度はもっと広まって欲しいものだ。

7年位昔の事であろうか、友人が知的障害者の作業所でスタッフとして働いていた事もあり、私もポプリを売らされたり(w自発的です)委託販売してくれるショップを探したり、仲良くなった通所者と友人と3人でよく遊び歩いていた。
だが私はそことの関わりを断ち切った。
時々思い返す言葉がある。
「カネのある奴はカネを出せば良い。知恵のある奴は知恵を貸せば良い。力のある奴は手を貸せば良い。」
私が小学生の頃、当時有名だった政治評論家がCMの中で言った言葉だった。
であるので、私は善行であるからという理由だけでの参加はしない主義なのである。
断絶を決めたのは、その友人の母親の「良い事だから」という一言であった。
この良い事という言葉の意味が余りにも不明確で、意義付けも定義付けも曖昧で、内向きの意味にも捉えられ、何とも居心地が悪く感じられる。

社会参加活動もボランティアも自発的な参加が原則である。
何が問題なのか、自分はどんな形で参加するのが良いのかを良く考えないと、ただ人手として使われるに過ぎなくなるように思う。(でも、まぁ、お付き合いで参加するのも、否定はしませんが)
日本語ではボランティアという言葉はタダという意味で使われる事がいまだに多いようであるが、本来の意味は社会貢献であったはずである。
自分達の社会に貢献するのだから、当然参加する人にも利益は還流してくるのでノンプロフィットが原則なのだろうが、私はその問題と目的、対効果がはっきりしていれば、対価を得るプロフィット型の参加でも良いと思っている。
逆にタダでという美徳意識の下に、問題意識も無いまま参加する方がかえってややこしくなる。

日本人はまだ、この辺りの整理が出来ていないように思う。
昔のお友達
柴草玲さんへの応援メッセージ!

何だかミュージシャンネタばかりで恐縮至極ではありますが、どうぞお付き合いください。
決してネタ切れなんかではありませんよ..(冷汗)

今では押しも押されぬ(かは判らないが)シンガーソングライターでピアニストをご紹介いたします。
もう10年近く連絡してませんが(もっとかな?)、知り合った二十歳位の頃から自分の音楽をひたすら追及してきた人で、これまで略歴としては、女性サルサバンド「チカ・ブーン」に参加、ソロへ転向後、松山千春氏、大江千里氏らのバックサポートメンバーとして活躍した後、シンガーソングライターとしての活動をメインにしている、、らしいです...
何せ10年前といえば、私は会社を立ち上げた頃でして、バタバタとした毎日で連絡先だの何だの一切紛失してまして、他にもご無礼している方々が、キット、この場を借りてお詫び致します(読んでる訳ないですね..)

作詞・作曲家としての実績としては(敬称略)
Cocco「強く儚い者たち」「樹海の糸」
我那覇美奈「さよならのあとに咲く花」
松田聖子「エメラルド海岸」
鳳山雅姫「叢雲 花に風」「きんもくせい」
森川美穂「遠い空を」「あじさい」
等の曲を提供してます。
その他、一昨年海老局の「みんなの歌」での「ひなの歌」が好評だったようです。
現在はソロ活動の他に「筆おろし」(○×△!?性格は昔のままのようで、爆笑!)というユニットで活動中です(多分)

01年6月、実質的にファーストアルバムにあたる「あじさい」をリリース、その後、「レクイエム」、「うつせみソナタ」、「精霊たちのえくぼ」、「会話」をリリースしております。
何故唐突に柴草玲を応援かとかと申しますと、今日たまたまCDを見付けたからでして、、しかも中古屋だし(爆)
印税入んないよね、ゴメンなさい(冷汗)
悪いと思うからこうして応援記事書いている訳でして、、ハイ、今度はちゃんと新品買いますから、もし見てたらお許しを。

当時は只々可愛いいだけで頼りなかったけど、柴草さん頑張りましたね!
あなたの人生は素敵ですよ。
これからも猛進して下さいまし!!

公式サイト
http://www.meer.co.jp/shibakusa/
雪なんでもう一つ書いちゃいます
女性を撮るなら雪の中。

カメラネタでございますが、モデル撮影では必ずレフ板を使います。
でもレフ持つ奴、即ちアシスタントが必要になる訳でして、コイツがアホだったり要領を得なかったりすると、ポートレートなんて成り立たなくなるんです。
と言ってもレフを固定してモデルさんを動かすって話は先ず聞きませんから、アシスタントって重要な役割なんです。

私はそこまで苦労して撮った事はありません、、と言うか、撮影会に行けば「目線下さ~い」って言えばこちら見てニッコリしてくれる訳だし、早くシャッター切りなさいよ!と言われているみたいなんで嫌なんです。
ましてヌードともなればつい欲が出てしまい、どうでも良いショットを立て続けに撮ってみたりですから、所詮アマチュアなんですけど(苦笑)
こちらの琴線に触れた時だけシャッター切りたいですよね。

そこで必殺技の登場ですけど、雪の中、と言っても降り積もった雪が有って曇天ではなく、、、晴天では強すぎなんですが、そこそこの光が有るとき、これらの条件が揃うと女性は3倍美しく、子供は10倍愛らしく撮れます。
そうです、自然なレフ板が足元に広がっているからなんです。
カメラ好きな方、一度お試しあれ。
雪が降った次の日が晴天に近かった場合、光量も十分ですから結構速いスピードでシャッター切れますし、雪にはしゃいで表情も踊っている事でしょう。
但し雪はファインダーの中に取り込まない事です。
雪を大きく入れてしまうと、最近のカメラはそこで露出を合わせてしまうので、結果暗い顔になってしまいがちです。
欲を言えば80~120位のレンズで狙うのがベストで、しゃがむか中腰位置から撮ると、レフ効果を最大に生かせるように思います。
ついでにホワイトバランスを若干赤に振っておくと良いかも知れません。

ちなみに非難の嵐かもしれませんが、女性を撮らせたら加納典明氏に勝るフォトグラファーは居ないと思っておりまして、その理由はまた今度。
憧れの亜蘭知子氏
本当は仕事しなくちゃいけないんだろうけど、日曜だし雪だし、誰にも文句言われる筋合いも無いだろうから、心のままに書いてしまおう。
何か青春回顧録みたいな記事とダメ写ばかりで日々反省でございますが、基本的には日記なのでお許し下さいまし。

超レアと思いますが、亜蘭知子さんという作詞家&シンガーをご存知の方、いらっしゃいます?
実は英国と米国の某シンガーソングライターの記事を書いていたのですが、詩の持つ力に圧倒されて書けなくなってしまい、こうして逃げてまして、、単純に英語に弱いとのご指摘も、、ハイそうです(汗)
それにCDを漁っていたら茶色く変色した、氏の新聞の切り抜き記事も出てきたもので。

亜蘭さんをご存知無くても、チューブなら皆さんご存知と思いますが、彼らに「ビー・マイ・ビーナス」などの楽曲を提供していたのが亜蘭さんなんです。
他にはメジャーになるきっかけになった、三原じゅん子さんの「セクシー・ナイト」から機動戦士ガンダム(と思います)の詩まで幅広く書かれてます。
「ウェイト・フォーエヴァー」はJRのCMにも起用されましたので、もしかすると結構ご存知かも。
2年前には詩集「恋のロードサイン」を出版されてます(女性の方、必見、、らしいです)

亜蘭さんのプロフィールは、1958年1月14日生まれ 青森県弘前市出身(東北人万歳!爆) 血液型B(うゎっ!やっぱB、運命的にBに惹かれてしまうのか) 本名..教えないモン!
私的には女優でもOKでしょと思える位の美形かつ聡明な方で、今でも憧れの人なんです。
亜蘭さん、ちょっと遅かったけどお誕生日おめでとうございます♪(どうせ届かないが..泣)

亜蘭さんの魅力は何と言っても、その詩の深さです。
アルバム「ステイ・イン・マイ・アイズ」の「エル・ドラド」の一節をご紹介すると
縁日♪
今日は縁日

裸電球に照らし出される、昔懐かしい風情でも撮るかと思い神社へ向かった。
思った通り神社近辺は大渋滞で、歩いてきて正解であったが、後に寂しい帰り道ともなるのだが。

10枚程撮った所でシャッターが切れなくなった。

あれ、変だぞ、壊れたかと思ったら、、ガーン!バッテリー切れ、、、くぅっ
そう言えば前回撮影に行ってから充電してなかったし。
けど、残量表示はFULLだったんだけど、、、D70のユーザーの方、気を付けましょう。
なので、今日は1枚だけです。(ネコ好きの方必見!)
0865


この憂さを晴らす為にも、明日は湿地へ撮影に行ってきます。
加齢と聞く力の因果関係
740に乗り込む。
流れているラジオは文化放送...
途端にBMWが軽トラに思えてくる。
今度はS560に乗る。
お約束のサブちゃん。
違う曲無いのと言うと、何と鈴木重子さんのイマジンを選ぶ。
「ワシこの歌好きなんや。ジレンマ」(イマジンやろ!、しかもジョンレノンの曲だろうが..脱力)
車に相応しい局とか、曲とか選択できないの?

ふとある事に気が付いた。
民放FMに比べ、AM局は喋り方が比較的ゆっくりである。
まして海老率いる受信料をロマネコンティに変えてしまった局ではもっとゆっくりである。

吹き替えの仕事をやった時の事、英→日だったのだが英語での端的な表現が日本語では表現しきれない個所が幾つかあり、どうしても日本語的に言葉を重ねて長ったらしい表現になってしまう。
結果声優さんに迷惑を掛け、早送りのような日本語をはめ込む事になる。
日本語原稿をくれた依頼主に削るよう頼んでも、どうせならという気持ちが先に立つのか、語彙の削除には応じない。
これはスポットCMの製作現場とも同じである。
過去の記事に登場したタヌキ社長はその昔、こればかり作っていた。
10~15秒という時間内に、ガンガン言葉を入れ込む。
特定の単語に興味を引かれた人にとっては聞く価値の有るものだが、大多数の人にとっては雑音でしかない。

歳を経るに従って一定時間中の情報の許容受容量が減ってしまうのだろうか。
耳が遠くなるのは全く別の話であるが、刺激の感受を至福としていた若い頃に比べれば、多くを聞く必要が無くなり、多くを語る必要も無くなるのであろうか。
不要な情報を無意識に削ぎ落とし、端的な形で受容する訓練がなされているようにも思われる。
そう思うと、海老局の語りのペースには、リスナーに考えながら聞ける余裕を持てるよう、意図した物とも考えられなくはない。
単純にやる気が無いのかも知れないが。
私の評価は後者である(爆)

パットメセニーとの出会いは私が15歳の頃、26年前に遡る。
「エイプリル・ジョイ」という曲がその最初で、アルバム「サン・ロレンツォ」の5曲目に収録されていたが、とにかく弾き捲くっていた。
早弾きをウリにしていたギタリスト達のそれ以上であったし、何しろソロが歌っていた。
ジョーサンプルも違う意味で昔は喧しかった。
フュージョンのトップランナーであったのだからかもしれないが、今、昔のアルバムを聞き直してみると、奇を衒った音作りをしていたように思われてならない。
昔のメセニーのギターと今のギター、昔のジョーサンプルのピアノと今のピアノ。
聞き比べれば明らかに今の方が枯れているように思える。
その分パッセージの鋭さや緊張感、語り掛ける力が増しているように感じる。
若い時は無駄に踊らされて余計な言葉まで発してしまい、歳を経るとその無駄が減り、聞かずに済む事が多くなるのかもしれないが、聞く力は格段に鍛えられているように思う。
そうでなければ発する言葉、語彙の量に違いが生じてくる事もあるまい。

Joe Sample の 「sample this」 はお奨めです。
Pat Metheny は 「Speaking of Now」の「You」が特にお奨めです。
そうそう、当時お世話になった声優さん、ときメモ(古)で一躍有名になってしまった方々の一人なんで、機会が有ったら応援してあげて下さいね!(って、世代が違うか;爆)
Down Beat
レインボーブリッジから観る朝焼けは切ない。

まだ明けきらぬ横浜の街はネオンを残したままで、人影は疎ら。
渡る人も居ないのに点滅する信号が何とも寂しげで、静かに今日という日が始まるのを待っているかのよう。
始めなくていい...
このままの時間が止まってくれたらいいのに...

宇多田ヒカルのイッツオートマティックが流れている。
今2人はそれぞれ違う場所に帰ろうとしている。
でも、このまま何処かへ行ってしまいたくなる。
そんな想いを抱きつつ、本牧ジャンクションに差し掛かる。
ここで右に行けばいつも通りの生活が待っている。
もし左に行けば、何もかも捨てる事になるかも知れない..















てな幻想を抱いていると(爆)、隣から野太い声と共に「サブちゃんの祭り」が流れてくる。
「何ですかこれは~?」(怒)「いや、ちょっとした悪戯。オッサン(船のオーナー)好きだろサブちゃん」(呆)
悪戯してる年ではないんだが、、、○○さん判ってます?
はいはい、三崎ですね三崎。
アンタと一緒に左に行かなくて良かったよ、全く(爆)

そしてまた乗船、、今日は早く帰ろうね(望)
で、また相模湾をウロウロしてカジキ探すんですかぁ?と思ってたら煙が見えたけど、、、もしかしてあれは三宅島?ではないですか!?
何処まで行くの!!と言ってもオヤジ4人衆の暴走は止まらない。
このまま小笠原まで行く気か、正気かコイツら?
オッサン等が連れてきたケバイお姉ちゃん達は早くも脱力気味で、キャビンで横になっている。


カジキを狙う時って、鳥山を探して船を向けるんです。
鰯が表層で群れていて、それを上からカモメが見つけて襲う。
下からはカジキが襲うという大原則があるので、鳥山の発見は必須なんです。
でもこの日は、、って、いつもだけど、諦めて船は館山沖へ。
そうなると治まりが付かないのがお姉さま方。
普段は接待のプロだけに、切れ始めると、というか糸が解け出すと我侭放題連発で掛ける言葉も無く、只々お世話に徹するばかり。
ホスト経験は無いんだけど、、、「あ~餌取られちゃった。ウニョウニョして気持ち悪い。○○さん付けて~」やら「あ”~お魚掛かっちゃった。可愛そう!。お魚ヌルヌルして触れないし~、○○さん取って~」(テメエ三枚にさばくぞ!怒)やらで、船上は大名釣り、いや大奥釣り状態でお世話係はテンヤワンヤです。
釣った魚は殆どがトラギスですから、小骨が多くて食べられたモンじゃない。
でもそれを「勿体無い」と言って持ち帰る、、、正しく言えば持ち帰らせるのがオーナー流でして、どうすんだこんな小さいのと思いながらマリーナに着くと、またしても「あ”~」の悲鳴。
「海にクーラー落としちゃった!」ですと。
僕のクーラーだったんですけど、山程詰まった小魚の処理を思えば安いモンですよ(ラッキー)
オッサンは近所に配れなんて言ってたけど、かえって迷惑って言葉知らんな、キット。

こんな釣行紀でも、170cmのシイラを揚げた事も有りました。
シイラと闘った元自衛官....帰りの電車で職質受けそうになったこの男のお話はまた今度。
滅入る仕事
カプラン・マイヤーという計算式を使う仕事がある。

そう、生存率の計算である。
術後患者さんがどれだけ生存したかという日数を追うもので、その日数が長ければその治療法は有効である(日数ばかりではないが)との評価を得られるのである。
しかしである。
生存率を計算するという作業は、裏を返せば亡くなった患者さんの数とその死因を解析する作業であって、それが原病死なのか他病死なのか(細かい時はもっと複雑な条件がある)、分けて数値を出さなくてはならない。
データ上での事とはいえ、一度に何人もの(場合によってはもっと多数)人の死に直面する時でもあり、この仕事をやっていて一番ヘコタレル時であり、感情移入し易い私は「この人の人生って...」と、つい思いを巡らせてしまうので、2~3回続けると本当に気が滅入ってしまう。
何せ横軸の単位が5年や10年というグラフを描く事は稀であって、大体は日数であるからQOLとか、生命の尊さというものを否応無しに感じてしまう。

難しい病気を抱えた患者さんが、いかに病気と闘ったかの記録がグラフだとは思いたくはない。

反面嬉しい時もある。
今から12年も前であろうか。
当時私は心臓疾患分野のデータベースを作っていた。
まぁ実際にはシステムチェックという名目で病院からお呼びが掛かり、Windowsなんちゃらをインストールせよとか、MOを繋げとかいう、所謂何でも屋でもあったが(爆)
そんな立場であったから、ウチのチームは手術室であろうが霊安室であろうが(これはパスしたけど)何処でも入れた。
ある日、手術室とガラス一枚隔てたオペレーション室でチェックを行っていると、急患が搬送されてきた。
どうやら虚血性疾患らしく、シーメンスのモニタには人工弁がパカパカと動いているのと、痩せた冠動脈が映し出されている。
暫くして大腿部から挿入されたカテーテルが心臓まで到達し、狭窄部にバルーン治療(PTCA)が施された。
固唾を呑んで見守っていたのだが治療は無事終了し、病室に戻る患者さんが嬉しそうに誰彼構わず視野に入った人に言っていた言葉が今でも忘れられない。
「ありがとうございます」を連呼していた。
私にさえも言葉をかけて頂いたが、思えばこの時の言葉が忘れられず医療分野に拘っているように思えてならない。

この言葉が無ければ、とっくにファンド分野に行っていた筈だ。
何が人生を決めてしまうのか、まだ良くわからない。

ロマンチストに製造されてしまったのだから仕方ないが(爆)
ロマンチスト製造機?
ジョーサンプル( Joe Sample )というミュージシャンをご存知だろうか。

その昔(1980以前の事だから大昔です)、クルセイダーズというバンドのキーボードプレイヤーで、その後ソロとなり「虹の楽園(原題:Rainbow Seeker)」というアルバムを発表、一躍名を上げたミュージシャンである。
中でも「メロディズ・オブ・ラブ(原題:Melodies of love)」は名曲中の名曲で、最初はインストゥルメンタルだったにも関わらず後々詩がつけられ、「When the World Turns Blue」というタイトルでパティー・オースティンによって歌われたのであった。
日本では阿川泰子さんが歌っており、ジョーサンプルと競演も果たし、「TURNS BLUE」というアルバムを発表している。
歌詞の一部(和訳)を紹介すると

世界がブルーに染まったら
あなたはきっと
リズムや詩やメロディに姿を変えて
新たな力を得るでしょう
あなたが過去を振り返り
私が捨てねばならなかったものに気づいたとき
あなたのために作ったこの歌を
わたしはやっぱり歌っているでしょう

!?...さっぱり判らん。
やはりインストのままの方が良かったように思いますけど、名曲には違いないので、歌詞が判らない分だけ感動できます(爆)
私としては阿川さんのアルバムでは1曲前の「It's Always you」の方が好きなんですが。
特にサビの部分が。

I may be walking on a beach
Or in some cozy little cafe
The memories never out of reach
It's always you.... always you

Some peple love you for a night
Some peple love you for a lifetime
When I look back on who was right
It's always you.... always you

一度くらい言われてみてぇよな、、ちぇっ!(爆)


えっと、、、ジョーサンプルは、「ボイセス・イン・ザ・レイン」もお奨めです。
中でもアルバムタイトルにもなっている「ボイセス・イン・ザ・レイン」は、新緑の頃、雨粒の一つ一つが若い芽に息吹を与えるように、森が息を吹き返し、そこに生きるもの達を潤し、人にも癒しとパワーを分け与えてくれる。
そんな風に感じられる曲です。

ジョーサンプルは20年以上聞いてますけど、友達からはよくロマンチストと言われてしまうんですよね、私。
自分では現実派と自負するのですが、製造されてしまったのでしょうか(爆)
撮影紀行 Jan.9.2005
さむかった~~!


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サーバマシンが歌ってた!
かれこれ8年も前の事であろうか。

22時過ぎにオファーが有った。
それではともかく明日伺いますと安請け合いしたのが運の尽きであろうが、当時は気が付く訳もなかった。
翌日訪ねていくと、「あと1週間しか無いけど納品できるか」という要求が突きつけられた。
出来る訳ないじゃん、そんなもん。
一体何やってたのと聞くと赫々然々を繰返すもんだから、「じゃぁ、1週間でプレ作りますからあとは営業力で時間稼いでね」という事で引き受けてしまった、、、(後悔)
当然その日は帰れず徹夜となったのだが、2晩目に終にスーツのまま床に転げて寝てしまった。
これではイカンと自宅に一度戻り、徹夜対応ルックで再度参上すると何か空気が違う。
あれ、この格好じゃマズかったかなと感じつつも、一応やる事はやらねばならないので、再び徹夜になった、というか軟禁されてしまったw

確か不眠継続50時間を越えた辺りであろうか、夜中2時頃にサーバーが突然歌い出した。
常時4~5台のサーバは24H稼動していたし、他のPCはシャットダウンしてあった上、フロアーには私しか居ない。
場所は銀座4丁目であったから、夜中でも人通りが絶える事は無いので、どうせカラオケ屋の音でも聞こえているんだと思ってたけど、翌朝訝しげに探してみるがそんな店は無かった。
その事をその社の人に話をしても、「聞いた事無いし、寝てないからオカシクなったんじゃない?」との答えが返ってくるばかりで、全くの異常者扱い。
確かに蛍光灯は黄色く映るは、自分で書いたものがモニタの中で波打っているはの状態で、確かにヤバイ状態だったんだけど、そこのビル出るって噂が有ったんです。
同じように徹夜していると、夜中にドタドタと上の階が騒がしくなって、向かいのビルの屋上から見てみると、騒がしい筈の階は真っ暗だったという話は聞いてました。
確かに最初、そのフロアに足を踏み入れた時、何か変な感じはしたんだけどね。
でも、もっと変なのは、私が聞いたサーバーの歌ってのが、サ・ン・バ・だったって事なんです。
普通幽霊だったらそれに相応しい曲ってのが有るでしょ? その世界は良く知らないけど。
陽気な霊だったのでしょうか?

今もって不可解です。(嘘じゃありませんよ!)
メーガン法の一刻も早い導入を
このまま四日坊主で終ってしまうところでしたが、何とか復活。

http://www.asahi.com/national/update/0107/015.html
「プライバシーや社会復帰の観点から難しい問題だ」と南野法相はコメントしているそうだが、いかにもこの方らしいと思う一方、南野法相だけ責められない気もしてならない。
単に因習的答弁をしてるだけであって、歴代を含め法相は何をしてきたのか問いたい。
死刑廃止論に躍起になっていただけ?、そうだよね、これに比べれば論議内容が判り易いもんね。
でもね、諸外国ではあーだこーだ言っている間に変態野郎の犠牲になってしまった子供が何人居ますか?
幸い命を奪われなかったにせよ、恐い思いをしたり、心に傷を受けた子供達がどれだけ居るのか、改めて考えて貰いたい。
成人に達して殺人事件を起こした犯人は、氏名も顔写真も報道され社会的制裁を受け、出所後はロクな人生を歩めないってのに、犯人が未成年(15歳以下)であったからという理由で自立更生の道を与えるってのは、いかにも安易過ぎやしませんか?
性犯罪ってのは再犯性が異常に高く、初犯は大抵10代であったり、決まって被害を申告出来ない幼女(とは限らんが)を狙ったりしているから恐いんで有って、その歪んだ攻撃性に着目しないとずっと議論は平行線だろうと思うんですけど。
そもそも宮崎務事件発生後、すぐに議論されるべきであったのだと思う。
であったとすれば、子供が犯罪被害者になる可能性が高いという社会的認知も早期に浸透したであろうし、神戸少年A事件も未然に防げたかもしれない。
だが起こってしまった事は取り返しが付かないのだから、今こそどうすべきか早急に議論すべき時ではないのであろうか。
布石としてのメーガン法になったとしても、本来気の弱い変態野郎には充分抑制効果があるように思えます。

もう一つ、この2~3年我が子への虐待事件のニュース、後を絶ちませんよね。
http://www.asahi.com/national/update/0107/025.html
子供だって1つの命だし、1つの人格だって事、判ってます? ねぇ?
私も育児してましたから泣かれる辛さってのは良く判っているつもりですけど、天使のような微笑くれる事も有るでしょ?
それに泣いても笑ってもその期間って2年位のモンでしょ?
逆な言い方すれば二度と味わえない2年間なんですよ?
まして父親の立場であったら、子供が10歳にもなれば「ウザイ」「オヤジ臭い」言われ敬遠されるのがオチですから、必要とされている期間、甘えられている期間を何故大切に出来ませんか?
子供だって1つの人格ですから、親の思い通りに笑ったり泣き止んだりするワケ無いですよね。
自分が生んだからって従属物では無いんですよ。
子供は親を本当に必要としているし、好かれたいという本能がありますから、それを謝絶された時の心の痛みって、生涯引き摺ってしまうものなんですけど、一部の親御さん判りますか?
よって虐待を行った親にもメーガン法適用の必要性がありますね。
残念な事にメーガン法発祥の国では、幼女のレイプ事件加害者は親族や近親者が8割を上回ってますけど、死に至らなくても幼児虐待はこれに匹敵するものであるので、親であろうが婆ちゃんであろうが、メーガン法で裁かれるべきです。

では
413号線
今から10年以上も前の事であるから記事にしても差し支えないだろう。

大型バイク、いわゆるナナハンに乗っていた時の珍事である。
当時東京都下に住んでいた私は、休みの日ともなると決まって走りに行っていた場所があった。
相模原を抜け、暫くすると津久井湖に差し掛かり、そのまま走り続けると山中湖に通じる413号線である。
今は知らないが、当時は交通量も多くなく、比較的のんびりとツーリングを楽しめたのであった。

当時乗っていたのは、ホンダのVF750Fであった。
V型4気筒水冷エンジンは72馬力を発生し、そこそこ速いバイクではあったが、フレーム設計がまずくて重心がどうにも高い上、16インチの小径フロントホイールと相まって、結構不安定なバイクではあった。
ホンダのV4エンジンといえば、かつてはスーパーバイククラスでは向かう所敵無しのフレディ・スペンサーが大いに盛り立ててくれたのだが、いわゆるナナハンらしさに欠ける点が災いして国内では早々に販売停止となってしまっていた。
個人的にはトルクフルな加速感が好きで、そのまま9,500rpmまでシルキーに回ってくれるエンジンは官能的と言うべきか、暴力にも近いもので、ライダーとしてはそのパワーをなだめる事に必死であった。
確か0-400m加速は12秒台であったから、フェラーリ・テスタロッサ並の加速性能である。
車でも16秒を切る辺りになると、気の弱いパッセンジャーなら悲鳴の一つも上げるものであり、ましてバケットシートにホールドされる事も無い生身を晒すバイクでの事、振り落とされまいと必死でニーグリップするのであるが、重力の関係で頭だけが一歩後れてついて来る感覚と言ったら、その凄さが判って頂けるであろうか。
その後VF750Fは重心設計をやり直し、セイバーと名を変えて販売する事となったのだが、警視庁ではいまだにセイバーを使っているのではないだろうか。
今でも警視庁の白バイを見る度に、どうもニタニタしてしまい、危うく職質を受けそうになったりしますが(爆)
神奈川県警はYAMAHAが多いようですね。

そんな良く晴れたある日の事。
413号線をひた走っていると、ミラーに2台のバイクが映った。
どうやら400とクォーター(250cc)のようであった。
ジワジワと差を縮められながらも、短い直線に出るとフルスロットルで振り切ろうとするが、直ぐにピタリと後ろに付かれる。
コーナーが連続する峠ではパワーだけがモノをいうものではない。
重量が圧倒的なハンディとなるのだ。
しかし、こちらはナナハンである。
限定解除の厳しい試験に合格した者として負ける訳にはいかない。
こうなると本当に意地だけであるが、今考えればオヤジ狩りにも等しいイタブリであったろう。
その時はそんな事考えている余裕は無いから、ただただ2速でコーナーを抜けてフル加速するしかなかった。

峠を越えて山梨へ抜けダウンスロープとなった時、悲劇は起こった。
甲高いサイレンが聞こえたのであった。
ミラーには赤色灯が2つ、くっきり映っていた。
私は途端に観念した。
何故なら、私が習っていた教官は元警視庁白バイ隊員で、当時も若い隊員を教えていた人であったから、その凄さは十分判っていたので、逃げ切れる筈が無いと瞬時に悟ったのだった。
「免停かぁ~」と悲観してペースダウンした私の横を甲高いエグゾーストで駆け抜ける若造2人と、セイバーに跨った隊員1人。
追い上げ方は凄まじかった。
とうに160Kmは超えていた筈である(一応赤灯つけてたからイイんだけど)

まさに「あ~ぁ、これからどうしようか」と思いながら、トロトロ走ること2キロ。
隊員の停止命令に従う。
(Uターンしたり、突破したりすると余計面倒な事になるから、皆さんやらないように)
若造2人はメットを両の手で抱え神妙な面持ちで隊員の話を聞いている。
小突かれもしてる。
私が見ていただけでも15分は有ったから、本当はもっと長かったのだろう。
そんな中、いよいよ私の番である。
免許証を差し出すなり隊員の言った言葉が今でも忘れられない。
「あの、お願いしますよ~本当」である(爆)
完全にジジイとして扱われてしまっていた(泣)

説諭が済むと隊員はまた峠へと消えていった。
切符など切らずに。
バイク好きの隊員さん、お元気だろうか。
読んでくれている訳は無いだろうけど、バイク仲間として扱って戴いた事、感謝しています。
撮影紀行 2005.Jan.2
正月2日のこと

早々に打ち合わせの予定が入っていた。
ところが全く連絡がないのでコチラから連絡すると、何とドタキャン!
オイオイ、、まあ撤回宣言したばかりであるから、いいんだけど..へぇ、温泉に浸かってんだ。

という訳で、年始早々に仕事してるのも馬鹿らしくなり、幸いにも晴天だったので撮影に行って参りました。

撮影地は某ラムサール条約締結地。
サムネールをクリックすると、別画面で大きく表示されます。

あ、もし万が一奇特な方がいらして、写真を気に入って下さり素画像が欲しいという場合はご連絡を。
まあないだろうけど、、一応(苦笑)





























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クリスマス&正月撤回宣言 PART2
毎年恒例であった。

12月中旬を過ぎると私は忙しかった。
まず誕生日がやって来る。
まだ「あれが欲しいといえる歳」ではなかったので、親の勝手な想いでおもちゃ屋を物色する事となるのだが、普段使わない部分を刺激してアレコレ思いを巡らせるのであるから、結構大変である。
最後のプレゼントは電子ピアノであったろうか。
ちゃんと88鍵あるデカイそれが来たのは、誕生日の当日であった。

プレゼント選びが済むと、今度は料理の仕込である。
基本的には「にわかイタリアン」となるのだが、大体が娘の好物の海老料理と、ハーブ&オリーブオイルに漬け込んだチキンであった。
チキンはクリスマス用にも使い回すのだが、ケーキだけはちゃんと2回焼いていた。
最後の年にはココアパウダーを混ぜたスポンジを作ろうとして、失敗する事3度。
その度にスーパーへ卵を買いに行き、使った卵はおせち用も併せると50個を超えていたかも知れない。
幸いにも小麦や蛋白アレルギーなど無い娘であったから、こうして何でも作れたのであったが、一つだけ苺が苦手であった。
細かなタネのブツブツが嫌だそうで、タネをカットして盛り付けに使った事もしばしばであったが、今は食べられているだろうか。

クリスマスが済むと、直ぐにお節の準備に取り掛かる。
寸胴で一番二番と分けて出汁を取り、一番は海老や数の子の漬け込みと汁物に使う。
二番は煮物用である。
中でも時間の掛かるのが黒豆であり、スロークッカーなど持たない私は火加減を気にしながら、コトコトいう鍋の水加減を気にしながら、傍らで遅くまで仕込みをしていた。
毎年20品位は作っていたろうか、中でも角煮(黒砂糖と泡盛)と如意巻き、伊達巻(特に娘には)は評判が良かった。
これらは全て有本先生の書籍を参考にさせて頂いた。
運がよければ(素材が手に入れば)、大晦日になって投売りされている大鯛も買って来て酒蒸しにしたり、丸鶏ガラが手に入れば出汁を取り塩味ベースのスープを作り、そこに揚げた餅を浮かべ、刻んだ三つ葉とゴマを散らして戴く、韓国風(なのだろうか)雑煮も作った(一度お試しあれ)

この時期には当然のごとく、元妻の両親と妹、叔母にもおいで戴いた。
一見賑やかなパーティーではあるが、ホスト役の私は飲んでいる暇もない。
しかし誰もが喰う事に夢中で気が付かない、というか知らんふりである。
胃袋も小さく、食べる事に飽きた娘は私にすがり付いて来る。
そんな中、「こんなの作れるなんて凄いわね」という声が飛び盛り上がる。
が直後、「作れる方がおかしいんだよ」という声がして、私は腸の煮え繰り返る思いとなったが、引き攣った笑顔で場を取り繕う。
大体この発言主が「これ旨いぞ、喰ってみろ」と、一番ガツガツ喰っていたのだから、引き攣った私の笑顔の裏側には何が有ったかは言うまでもない。

娘は今、そのような奴らと関わって暮らしている。
適応力の高い娘ではあるが、以前のような暮らしも、誕生日もクリスマスも正月も求めようがない。
まして料理に至っては語るまでもなく、その状況を想像すると不憫で堪らなくなる。


であるから、今の私はクリスマスも正月も受け入れる気にはなれない。
浮かれ立つ世間を垣間見ながら、とても寂しい気持ちでこの時期を乗り越えなくてはならず、思わず海外逃亡を試みようとするのである。
しかしながら昨年末は2000年問題以来の状況となってしまい、友人にくっ付いてプーケットへ逃げる事などトンでもない事であった。
そこへ来てM8.9である。
ただでさえ気が弱っている時期であるから、空港で足止めを喰う事もなく、寝坊してビーチに行く時間が遅れる事も無く、もし私が一緒に行っていたら確実に死んでいただろう。
しかしながら、タヌキとその友人が間一髪で助かっていたのは私の気だけ持って行かれたのではないかと、勘ぐっている。
そうでなければ、今こうして人生を分けるような大問題にも直面していないだろうし、毎回数千円は当たっている年末ジャンボも外れる事はなかった筈である。

さて今日はタヌキが帰国する日である。
これだけ気を使われて心配させられたんだから、人として何らかの感謝の気持ちがあっても当たり前なんだが、またもやタイガーバームであろうか(爆)

娘よ!気合ダァー!
クリスマス&正月撤回宣言!
ついこの間の事である。

いつもの日課通り、ハミしながらブログを徘徊しasahi.comへ辿り付いた。
M8.9である。
凍りついた。
もしやと思った...

幸にも不幸にも、私には30年来の友人が居る。
未だに独身で女性には縁がな...そんな奴が毎年プーケットで正月を過ごしている。
携帯を鳴らしたが留守番電話。
9時を待って会社に電話したが、秘書サービスに繋がり「結構です」と言って切る。
私のもしかしたらは外れた事が殆ど無いので、余計に心配になった。
残る手は、、メールである。
8時29分メールを打っていた。
9時36分に返信が有った、、、生きていた(残念&嘘&爆!)。
15万人が亡くなったと報じられる中、メガネを掛けた信楽焼きのタヌキは生きていたのだ!

オイオイ、日本で聞いているニュースの方が恐いぞ!
と思ったら、現地も恐かったらしい。
関空から飛んだタヌキの友人はその時、既にバトンビーチに宿泊していて朝寝坊したが為にビーチに行くのが遅れ、その道すがら津波に遭遇したとの事で、10分違えば確実に波に呑まれていたも言っていたらしい。
海岸から200m辺りまで津波にやられ、商店は壊滅状態で略奪が横行していたとも言っていたと。

クリスマスも正月も止めにした私も、時間さえ取れれば一緒に行っていたのだった。
12月下旬から正月にかけては、娘にとって誕生日とクリスマスと正月が重なる1年の中で一番楽しい時期であったはずであるが、今はそばに居ない。

次号へ続く

お亡くなりになった方々にご冥福の意を申し上げます。
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